昭和44年9月8日 朝の御理解 中村良一
御理解 第48節
「わが子の病気でも、かわいいかわいいと思うてうろたえるといけぬぞ。言うことを聞かぬ時に、ままよと思うてほっておくような気になって、信心してやれ。おかげが受けられる。」
信心が、飛躍するとき、うー、信心の、おー、飛躍が、あー飛躍の、いわば、絶好のチャンスを頂く時。または、飛躍したおかげに、いー、なって行く時。えー、そういう、うー、いよいよ、信心の成長、信心の飛躍、それに伴うて、えー、おかげが、あー、まあ、なんと申しますかね、まあ、私の信心で言うなら、何十年間という信心をさせて頂いておっても、やはり、堂々回り。あー、ああいうおかげを受けておらんわけじゃないけれども、また、おかげの実感というものは、あー、らーく、信心の薄かった私でも、感じられるほどしのおかげを受けておっても、おかげの飛躍には、一つもなっていなかった。勿論、信心の飛躍も遂げていなかった。それが、終戦といったような、えー、大きな節に直面しまして、私の信心が、まあ、飛躍した。そこから、あー、もう、急テンポに、おかげのほうが飛躍してきた。これは、皆さんが、ご承知の通りです。
これは、昨日の朝、あー、お夢を頂いておって、んー、忘れておった。ところが昨日、福岡へ、あの、竹内先生の、おー、講演を聞かせて頂くための福岡行きの道中で、ふと思い出して、今朝方は、何で、あんなお夢を頂いておったなと、思い出させて頂いた。ほんとにもう、もう一つの戦争の、いわゆる、繁盛ですね、いわゆる、んー、ほんとに、えー、まあ、あー、爆撃でも受けたところのような状態です。もう、煙がもうもうとして、えー、その、立ち上がっておるような、あー、悲惨な情景でした。けども、私はその、たかーい、石段がこうありますのに、まあ、十段ぐらい登っておる感じのところに私はおるわけです。ところが、その、そこから見る下のほうです。その、戦争のような、その、ま、悲惨な状態、そこから、煙がもうもうとこう上がっており、それが、石段のほうへ、こうやって、煙が上がってくるもんですからね。その煙に追われるように、煙に巻かれてはならんと思うて、その、石段を、もう一生懸命、逃げるように上のほうへ上がっていっておるというようなお夢であった。いわゆる、あの、おー、戦争、そして、終戦は、私の信心を、もう、いやがうえに、飛躍さして頂いたという気が致します。これは、まあ、がむしゃらというようなものではなくて、まあ、逃げるより、そうしなければ仕方がなかったんですね、いうならば。けれどもその、十段目あまりのところは、その、おったという事がおかげであった。下の低いところにおったら、私も煙に巻かれて、悲惨な状態になっとっただろうとこう思う。しかし、誰よりも、十段目ぐらいのところに私が、石段を登っとった。そこへ、煙が、こう入ってきたもんですから、煙に巻かれちゃならんと思うて、もう、煙から追いかけられるようにして私は上のほうへ登って、言うならば、思いもかけない信心が飛躍していったわけですね。私は、この石段というのは、私が信心の過程が、その辺のところまであったということであろうと、こう、その時思わせて頂いとったんですけれども、それ、昨日忘れとった。今日、この四十八節を、えー、頂きましてね。意味が違うようでありますけれども、これは、わが子の病気でも、可愛いかわいいと思うてうろたえるといけぬと。
昨日、久留米の佐田さんところの、前の日から、あの、圭介君が、大変、熱発をして、えー、おった。けれども、昨日は、福岡行きである。真横で申し込んであったんでしょぅ。ですから、親子でおかげを受けられて、えー、子供は、少年少女会で、教会に、子供ですよねえ。やはり、熱があっても、少年少女会のほうへ行くと言うそうですから、まあ、色々、心配もあったでしょうけれども、それこそ、かわいいかわいいと思わずに、うろたえずに、もうとにかく、教会にお預けして行こうとこう腹が決って、おかげを頂いた。帰ってきてすぐ、ここにお届けに出て見える時に、圭介君の頭をこうやって、お母さんが、おかげで熱がないようだというて、お礼を言うて帰られましたがです。ね。その、わが子の病気のときでも、かわいいかわいいというような信心じゃだめです。そら、人間じゃけん、子供が病気であるなら、かわいいかわいいと思わんはずはありませんけれども、ね。それをもう、ほっておく気になって、そういう時にです。自分の信心の飛躍を遂げさせてもらうおかげを頂かにゃいかん。かわいいかわいいという、言うなら、煙が上がってくる。その煙で自分の信心が押し上げられるという、飛躍を遂げなきゃならない時だと私は思うですね。そういう時を、私は、その、ただ、人情だけで行くところに、信心がいつまでも堂々回りという事になるのじゃないでしょうか。ね。ここで、おかげが受けられるというのは、お願いをしておかげを頂くというぐらいな、生易しいもんじゃないようですね。ままよと思うて、ほっておくような気になって、信心してやれとこう、ね。子供が、いや、親のいう事を聞かん。悪さばっかりしてから、も、あんたんごつ、言うこつきかんならもう、かまわんよと。もうお父さんは知らん。お母さんは知らんぞと、子供に、例えば、言うような気になって、神様の前に向こうてやれち。ですから、ここでおかげが受けられるというのは、たとえば、助からんものでも助かる。不可能な事でも可能になるというほどしの、おかげですね、ここは。お願いをしておかげを受けるというのじゃない。病気の事をほっておくと言うのじゃ。ほっておく気になるのじゃ。ね。そこに私は、信心の飛躍があると思うんですよね。今日は、まあ、私は、そういうような、四十八節の御神意といったようなもの、おー、は、そう言うところにあろうかとこう思うのですけれども、今日はこの、わが子が病気でも、かわいいかわいいというのではなくてね。この辺と所を、ちょっとこう、えー、自分の仕事とでも申しましょうか。自分の、えー、いうなら、または、自分の主義と言うても良いかも知れません。自分の好みと言うても良いかもしれません。ね。信心にも、それぞれのタイプがありましてね。やはりその、主義思想というのが違うんです。一から十までお取次ぎを頂いて、ね。昨日の、おー、どこの教会の青年の方でしょうかね。青年の方が、あー、体験発表なさいまして、もう、本当に、自分の力では何にも出来ない、ギリギリのところまで追い込まれて、そこから、ご信心をいただかれて、もう、一事が万事に神様におすがりさして頂いて、段々おかげを頂いていかれた、自分の信心体験を語っておられる。最後に、ね。神様にすがって、生活をさせていただいておりますという言葉を使っておりますね。神様にすがって生活をしておる。もう、そのままが信心生活。神様にすがって信心、それが、その前の、おー、ずーっとお話があるから、特に、強くそれを感じたのかも知れません。誰でも神様にすがって、信心、え、生活しとるのであるけれどもですね。すがったり、すがらなかったりでしょうが、実際は。ね。神様にすがっての生活。自分の困った時だけすがっての生活。自分で、どうしていいか分からん時にだけすがった生活。それじゃあ、ほんなもんじゃない。ね。もう、自分ではどうにも出来ないんだと、自分の力というものが、あー、もう、そこに限りが尽きたときにです、ね。神様にすがるより他にはないという生活。私は、その言葉に、非常に感動いたしました。お互い一つ、神様に、せっかく信心さして貰うのでございすから、神様にすがっての生活にならなきゃいかんです。良しにつけ、悪しにつけ。どんな事でも、すがっての生活、すがっての生活です。もう、そこには、信心生活というようなこっじゃない。生きていくということの全てが、すがらなければおられないという、その実感がね、その言葉の中に、にじみ出ているようなものを感じました。ね。こげな事まではお願いできん。今でなら、まあだ、いいけれども、こんなことはお願いするこっじゃなかと。というような主義の人があります。ね。お参りはせんでも、おかげいただいて行くという修行をしておられます。自分の仕事のほうが、大事で、それが本当の信心だと言うような主義の人もあります。そら、様々な主義を持っておりますよね。けれども、私はですね、事、それが信心、と言うよりも、こと、その事が神様のゴヒレイに関わる事であるならばです。自分の主義とか、好みとか、私情、私欲というものは、かなぐり捨てさせて頂けるという信心。いわゆる、かわいい、その自分の修行が、主義というものがです、ね。かわいいかわいいと思うて、というようなふうにここを頂いたら、どうでしょうか。自分の主義を大切にするのではなくてです。いわゆる、まあ、神様主義と言うような意味ではないけれども、その事がです、神様のヒレイに関わる事であるならば、それは、神様のお喜びになる事であるならばというわけですけども、それとは、ちょっと違った意味ですよ、今日、私が言っておるのは。神様の、それがヒレイに関わる事であるならば、私は、昨日のその、えー、会に、参加させて頂いてです。もう、このことを非常に強く感じてまいりました。あの、会堂が千六百名から入るそうですが、その、せんろ、その、会堂が立錐の余地もないほどに一杯でした。ね。北九州青年会の、えー、結成二十周年の、おー、記念講演でしたかね、昨日は。だから、北九州ですね、管内、北九州教区管内の教会がどれだけあるか知りませんが、まあ、沢山なことでございます。一番多い、まあ、教会が密集しておるところですからね、北九州というところは。ですから、どれだけあるかわからんです、教会だけでも。ね。その教会の、ま、青年信徒、それに、えー、また、信者さんがたも、まあ、みんな、おいでられたんですけども、青年が中心でしたが、それが、参加したものが、丁度、あの会場一杯であった。そこにですね、やはり、みんなの祈りとか願いといったようなものをね、神様が、正確に、その聞き届けてくださった。どうでしょうか、あの会場が、私共が行った当時のように、まあだ、半分ぐらいしかはいっとらんとするなら、せっかく、東京から見えられた竹内先生も、やはり、力が抜けなさるだろうとこう思います。これは、講師だけの事ではありませんけれども、ね。本当に、もし、信心のない人達が見たら、あげな大きな会堂ばかってするきん、あげん、んー、会場があー、すいとったというような見方をされては、金光様の名にかかわります。ね。結成二十周年という、うー、銘打っての記念講演である。それが、あの、立錐の余地もないほどし、一杯であったというところにです。私は、金光教の信心の、んー、いわゆる、金光教のごひれいを感じます。ね。ほかのことなら、聞いては下さらんけれども、こと、教団のヒレイにかかわるような事であるから、神様が聞きなさったんだと、私は思うんです。ね。私利でもなからなければ、私欲でもない。その事をみんなが願うから、あのように、言うなら、きちっと計ったようなおかげを頂いておるのである。ね。あれが、もし、えー、少しでもすいとったとしたら、ね。金光教のゴヒレイにかかわることである。ね。ですから、私共は、その、おー、事。御道のゴヒレイに、いー、かかわるようなことは、まあ、知らずにおかげを頂いた。そういうことなんか感じずにおかげを頂いたんですけれどもですよ。ね。神様のお気持ちに沿うことが出来たという事になるわけであります。誰彼に、誘われて行ったけれど、それは、神様のお働きの、いわゆる、ゴヒレイの中に、いー、そういう働きになって現れてきておる。ね。ですから、これは、いうなら何ですかねえ、こと、ね。御道の信心のゴヒレイにかかわる、神様のゴヒレイにかかわるような事であるならばです。自分の主義とか、好みとかというようなものは、ね。すてて、その事に、打ち込むという事がです。ね。どのくらい有難いことかという事を感じさせていただきました。まあ、私の主義で言うとですね、大体は、昨日は、私は、あー、そげん、やあや言うて行くことじゃないとこう思うておったんです。けども、ほんなら、私の、また主義でありますが、まあ、行こうというとを、そげんあんたどんまで行かんでいいじゃんのという風に言わんのが私の主義でございましたから、でございますから、日頃が。まあ、私もおかげいただき、まあ、ああして、えー、青年会以外の方たちも行ってくださいということであったら、私も、私もと言うて、皆さんおいでられた訳でございましたけれどもです。それは、私の主義ではなかったけれども、それを言わずに、皆さん行って頂いたということが、おかげであったとこう思うのです。ね。
昨日、私の従兄弟の家内が、田川からお参りしておりましたが、田川教区からバス一台。久留米地区でも、おー、まあ、ここがあるから、あー、もうありましたから、バス二台になったわけでございましょう。けどね。ここだけで一台。それに、ほんなら自家用車の皆さん達がだいぶんございましたが、あー、おかげいただいとります。ね。昨日の場合、私共は、ままよと言うような気でもなからなければです。ね。そんなに、潔いというのではなかった。なかったけれども、行ってみて感じたことはです。これがもし、人間心を使うて行かなかったら、こと、神様のゴヒレイにかかわることであったと、こう思いました。ね。ですから、これからはです、こと、その事が神様のゴヒレイにかかわることならば、自分の主義とか主張といったようなものは、おいて、その事に奉賛するという気持ちになるということがです。ね。例えば、ほんなら、自分の仕事のほうが大事と思うても、それが自分の主義であってもです、そういう、こと、神様のゴヒレイにかかわるというような時には、その主義の、自分の主義とか、思想というものは、一つ、かなぐり捨てて神様のゴヒレイにかかわることのほうへ、私は、自分の心を身体を持っていくというような事は、これは、やはり、ままよという心を出さなければ出来ません。ね。そういう、いき方こそですね、私は、いよいよ、信心の飛躍を遂げる、そういう時こそ、チャンスだと私は、昨日は思わせていただきました。ね。
お互いの信心が、どのような時に飛躍するか。まあ、今日のご理解で言うなら、自分の主義とか、あー、思想、ね。または自分の好みとか、私利私欲といったようなものをです。そういうチャンスのある時に、それをかなぐり捨てる、ままよという信心で、そのことへ、立ち向かわせて頂くとき、私は信心が飛躍すると思う。ね。それは、私の、おー、お夢の中に現れております。そういう、それは、こう押し上げ、煙が上がってくるから、煙に巻かれんと思う、巻かれてはならんと思うて、上に上がって、がむしゃらに上に上がらせて頂いたところに、私は、誰よりも、数段も、何十段も高いところにおることが出来るようになっておったようにです。ね。そういう、機会というものは、なかなか、滅多にあるものじゃない。そういうチャンスをですね、私は、あー、まあ、キャッチしていく事が、信心の飛躍を遂げることだと思わせてもらいます。こと、その事が、神様のゴヒレイにかかわることであるならばです。自分の主義といったようなものを、かなぐり捨てて、えー、神様の、おー、ごひれいを上げさせて貰う、立てさせていただくことのために、いー、潔く自分のほうの主義を捨てていくという行き方。えー、平田さんが、いつか言うておられたように、神、公、私である。信心を第一に、だから、今日の場合は、信心ということと同時にですね。その、公の信心とでも申しましょうかね。ね。その、公の信心。それが、例えば、あー、ゴヒレイにかかわる。大会を開いたのに、大会の大の字が付けられないくらいに、たとえば、淋しいことであるとするならです、それは、ゴヒレイにかかわることですから、ね。そこんところを、それがもっともっと溢れるようなものにして行くことのために、私共が、自分の主義を捨てて行くという信心。そこんところを、今日、私は、あー、ここ四十八節の、わが子が、わが子の病気でかわいいかわいいと思うてと、自分の主義と言ったようなものを、かわいいかわいいと、えー、そういう時にせずに、そういうものでも捨てて、自分の主義は捨てて、ね。ままよという気になって、そこに馳せ参じるところの信心。ね。そういう時に、自分の信心がです。自分の主義以上の飛躍を遂げるときである。そういう信心に、私は、最後にある、おかげは受けられると言われる。いわゆる、おかげの飛躍を思う、また、遂げることが出来るおかげを受けられるという風に、今日は、皆さんに聞いて頂きました。四十八節、うー、私共は、信心が、どうも飛躍しない。だから、おかげのほうも飛躍しない。何時も堂々回りである。その原因は幾らもありましょう。けども、その原因の一つとして、私は、今日の御理解を思うのでございます。どうぞ。